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皆さんこんにちは。

あにとらです。

 

 

 

 

 

前回はマサチューセッツ工科大学と

ハーバード大学に行ってみましたが、

 

 

ボストンは他にこれといって

観光名所が無さそうな雰囲気。

 

 

 

 

 

ということで、

 

 

お世話になっている

Thuyさんに連れられ、

 

 

ボストンのベトナム人コミュニティに

参加してみました。

 

 

 

 

 

なぜ、ボストンに

コミュニティがあるのか?

 

 

 

 

 

その点についても、

戦争経験者であるThuyさんに

お話を聞かせてもらいました。

 

 

 

今日はそんな話。

 

 

 

↓↓MITとハーバード大学の話はこちら。

【ボストン観光】ハーバード大学とマサチューセッツ工科大学に行ってみた。

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Thuyさんの住んでいる地域は

ボストンの中心地から

少し南に行ったところ。

 

 

 

 

 

電車一本で中心地に行ける

とても便利な場所です。

 

 

 

 

 

ここでThuyさんのことを

紹介したいと思います。

 

 

 

前回のブログにも書きましたが、

 

 

Thuyさんとは

ベトナムのニャチャンという街で

出逢いました。

 

 

フレンドリーな

弟のUtさんはベトナム在住。

 

 

 

 

 

Thuyさんがアメリカから帰省している

ということで、

 

 

兄弟仲良くニャチャンに

観光に来ていたんだそうな。

 

 

 

 

 

Utさんと連絡先を交換し、

ちょくちょく連絡を取り合っていて、

 

 

ニューヨークに行った時には

Thuyさんのいるボストンまで

足を伸ばそうと思っていたのです。

 

 

 

 

 

Thuyさんはベトナム戦争の頃に

アメリカに移住しました。

 

 

 

 

 

その理由というのが、

当時の北ベトナムで権威を持っていた

北ベトナムのコミュニスト(共産主義者)たちが

 

 

英語をしゃべれて、

オーストラリアに留学経験もある

Thuyさんを

 

 

アメリカのスパイだとか

何だとかイチャモンをつけて、

投獄したのだそうです。

 

 

 

 

 

その後、投獄生活は終わり、

ベトナム軍に入って

英語を教えることになったThuyさん。

 

 

 

 

 

軍での生活が始まります。

 

 

 

 

 

1975年。

大国アメリカとの戦争に勝った

北ベトナム。

 

 

 

 

 

コミュニストたちの影響は

強まるばかりです。

 

 

 

 

 

”有用”と判断され生き残り、

軍で英語を教えていたThuyさんですが、

 

 

コミュニストたちに

私財を取り上げられ、

兄弟たちの多くは戦争で亡くなり・・・

 

 

 

 

 

複雑な状況が続く中、

家族共々、アメリカへの移住を

決意したんだそうです。

 

 

 

 

 

ベトナムとカンボジアは

いずれも共産主義者たちが

一世を風靡した時代がありました。

 

 

 

 

 

カンボジアのプノンペンで

見聞きした状況に近いものが、

ベトナムでもあったのだ、

 

 

と、

経験者の話を直接聞くことで、

更に現実味を帯びて来ました。

 

 

 

↓↓カンボジアの虐殺博物館での話はこちら。(多くの人に知ってほしい、でも重たい内容なので、読む場合は無理をしないでください。)

 

トゥールスレン虐殺博物館。そこで見た事実を伝えたいと思います。

 

 

現在、Thuyさんは

奥さんとお子さん3人、

お孫さん2人と一緒に住んでいて、

 

 

近所には他にも

娘さん一家や、

Thuyさん自身のご兄弟も住んでいます。

 

 

 

 

 

私もボストンに着いた初日に

Thuyさんのお兄さん(80才!)の

お宅にお邪魔させてもらいました。

 

 

奥さんの手作りヨーグルトが

おいしかった!!

 

 

次々に出てくるおやつ。

 

 

この、人が来たら

とことんおもてなしをする感じが

 

 

アジアだな~

 

 

と懐かしくなりました。

 

 

 

 

 

そう、この地域には

ベトナムからの移住者が

とても多いんです。

 

 

MITの最寄り駅の電光掲示板にも

英語、ベトナム語、中国語

が並んでいます。

 

 

 

 

 

それも、ベトナム戦争時に

ベトナム人の移住に関して

アメリカ政府が優遇措置を

したからだそうな。

 

 

 

 

 

そんなわけで、

完全にベトナム人街となっている

この地域。

 

 

お店もベトナム語が並んでいます。

 

 

Thuyさんの家から徒歩圏内にある

公民館のようなところを訪れました。

 

 

 

 

65才以上のベトナム人が

毎日午前中に集まって、

 

 

一緒にごはんを食べたり、

体操などのアクティビティをしたりする

場所なんだそうな。

 

 

 

 

 

これもアメリカ政府が支援していて、

参加費無料。

 

 

 

 

 

スタッフさんは

若いベトナム系の人たち(アメリカ生まれでベトナム語が得意でない人も。)で、

看護師さんも常駐しています。

 

 

フォーのお店にも

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連れて行ってくれました。

 

 

 

 

 

大好きなベトナム料理!!

中でもフォーは大好物!!

 

 

牛の内蔵もお肉も

全て入ったスープに、

 

 

薄くスライスした牛肉を

しゃぶしゃぶみたいにして食べるという、

 

 

本場ベトナムでも経験したことのない

激ウマフォーをごちそうになりました。

 

 

 

 

 

しあわせ(^^)

 

 

こちらはベトナムマーケット。

 

 

ベトナムを中心に

アジアの食品が置いてあります。

 

 

どんこは和食材。

 

 

ボストン中心部の公園。

 

 

マサチューセッツ州会議事堂。

 

 

 

キンピカスライム。

 

 

 

「お金かけすぎ。」

とThuyさんは

ぼそっと言っていました・・・

 

 

ニューヨークより北にあるボストンは

とても寒いです。

 

 

 

 

 

公園にはアイスリンクが

設けられていました。

 

 

Thuyさんの家に帰宅してから、

夕食にフォーとは違う

ライスヌードルの

ベトナムの麺料理を頂きました。

 

 

 

こちらは豚肉でした。

うまし。

 

 

戦争経験者のThuyさん。

 

 

 

戦時中の色々なことを

教えてくれました。

 

 

 

 

 

日本の絡んだ

第2次世界大戦の頃の記憶は

ほとんど無いようですが、

 

 

戦時中、東南アジア諸国において

ひどい仕打ちをしていた日本のことを

どう思っているか、

聞いてみました。

 

 

 

 

 

「日本は、戦後に償いとして多くの支援をしてくれた。

そのおかげで今、ベトナムは少しずつ発展できている。

だから、日本には感謝しているんだ。」

 

 

 

と言っていました。

 

 

 

 

 

タイなど、親日国が多いとされる

東南アジア諸国。

 

 

 

 

 

実際に行ってみても、

”日本人”と言うと

とても良い表情をしてくれる人が

多いように感じました。

 

 

 

 

 

日本の歴史教育には出てこないけれど、

好戦的だった日本は

かなりひどいことをしてきたはず。

 

 

 

 

 

タイで見た戦争の記録。

 

 

 

日本軍が街に踏み込んで来た写真。

 

 

 

”私たちはこの戦争でいったい何を得られたのだろうか。”

 

 

 

という現地民の言葉。

 

 

↓↓タイの動物園で見た戦争の記録はこちら。

東南アジアと日本の戦争の記憶を、タイで見た。

 

 

 

なのに、なぜ、

皆優しくしてくれるんだろう?

 

 

 

と疑問に思っていたのですが、

 

 

 

Thuyさんの言葉で

救われた気がしました。

 

 

 

 

 

 

 

同じ誤ちを繰り返さないために、

言葉があって、文字があって。

 

 

 

 

 

人間が記憶を後世に伝える術は、

今やたくさんあるのに、

 

 

現代の世界も平和とは

ほど遠いところにいます。

 

 

 

 

 

世界中でひどいことをして来た

日本人は、

 

 

もっともっと世界中の人に

優しくならないといけない。

 

 

 

 

 

そしてできれば、

日本国民全員に

広島に行ってほしいです。

 

 

 

 

 

戦争を知らない世代に、

戦争の悲惨さを

しっかり伝えてくれます。

 

 

 

 

 

そして、

原爆は使っていないにしても

 

 

同じように悲惨なことを、

日本は世界中の各所に

もたらした国なんです。

 

 

 

 

 

将来を選ぶための投票権があるなら、

ちゃんと投票に行こう。

 

(私は今はないんだけど・・・)

 

 

 

 

 

世界のどこかにいても、

日本に居ても、

周りの人にとことん優しくあろう。

 

 

 

 

 

そんなことを思った

ボストン滞在でした。

 

 

 

 

 

次回は

ニューヨークに戻って、

9.11グラウンドゼロ、

自由の女神を見に行きます。

 

 

 

そして・・・

NYでのカウチサーフィンが

ものすごい経験に・・・

 


 

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