ギリシャでは

 

アテネの街中にも

 

離島の田舎村にも

 

 

 

たくさんの野良犬と野良猫が

自由に生活しています。

 

(撮影:ギリシャ・キオス島)

 

 

街中で見る犬猫は

人間におびえたり、

危害を与えることもなく

 

 

 

逆に

 

 

 

人間が危害を与えたり、

過度に干渉することもなく。

 

 

 

 

 

適度な距離感で

生活できているように見えます。

 

 

 

(実際に現地に住んでないから、細かい事情は分からないけど・・・)

 

(撮影:ギリシャ・キオス島)

 

アジア圏の野良犬猫より

おだやかで

余裕があるようにも見えました。

 

 

 

 

 

その秘密はなんでしょうか?

 

 

 

 

 

また、

 

 

 

こうやって共存して

生活できている社会が

世界にはたくさんあるのに、

 

 

 

なぜ日本は

こんなにも毎年、

犬猫を殺し続けるのでしょうか??

 

(撮影:ギリシャ・キオス島)

 

 

今日は

ちょっと長くて真面目な話。

 

 

 

 

 

でも、

 

 

 

興味のない方にも

是非知って、

 

 

 

考えてほしい話。

 

 

 

 

 

日本人の教養、

人間性に関わることだ

と思っています。

 

(撮影:インド・バラナシ)

 

 

”国の偉大さと

道徳的発展は

 

 

その国における

動物の扱い方でわかる。”

 

 

 

 

 

かの有名なガンジーは

このような意味の言葉を

残しています。

 

 

 

※出典が定かじゃないので、意訳して有名になった言葉の可能性が高いのですが・・・

 

(撮影:インド・サンティニケタン)

 

動物に感謝し、

優しくできない人は

 

 

子供にも周りの人にも

 

 

心の底からの優しさは

向けられない。

 

 

 

 

 

私は、そう考えています。

 

 

目次


1.アテネの犬猫の生活風景

2.それが正しいのか?

3.アテネの野良犬には登録制度がある。

4.ボランティアが多い国。

5.日本のボランティアとの違い

6.日本の働き方の問題

7.ギリシャにもペットショップはある。

8.ギリシャの田舎・キオス島はどうだったか?

9.なんで殺すの?日本の犬猫殺処分の実態。

10.私たちの代わりに殺してくれている人がいる。

 

 

 

1.アテネの犬猫の生活風景 

 

(撮影:ギリシャ・アテネ)

 

 

アテネの街を歩いていると

 

観光地だろうとどこだろうと

 

野良犬を見かけます。

 

(撮影:ギリシャ・アテネ)

 

そして、どのわんこも

たいがい、ビックサイズ。

 

 

 

 

 

 

おだやかに、

のんびりと。

 

 

 

 

 

公園で昼寝したり、

暑い時期は

公園の噴水で水遊びしたり。

 

(撮影:ギリシャ・アテネ)

 

私が今まで

訪れたことのあるヨーロッパ。

 

 

 

イギリスやドイツでは

 

あまりこういった

 

”野良犬がたくさんいる”

 

風景を見なかったんです。

 

 

 

 

 

日本と同じような

野良犬を減らしたい事情も

あるかと思いますが、

 

 

そもそも冬場の寒さが厳しくて

野良生活には向かないのかも・・・

 

 

 

 

 

なので、

 

 

 

「ヨーロッパなのに野良がいる!!」

 

 

 

と、最初は驚きました。

 

 

 

(撮影:ギリシャ・アテネ)

 

 

街を歩いていると

多くの野良猫にも遭遇します。

 

 

 

 

 

するっと

おみやげ屋さんに入って行ったり、

 

 

野良なのか飼い猫なのかの

判断もつきません。

 

 

 

(その間らへん、というのが一番多そう。)

 

(撮影:ギリシャ・アテネ)

 

 

アテネの野良猫は

毛並みも美しく、

食事もしっかりとれている様子。

 

 

 

 

 

実際、

 

 

誰が置いたかはわかりませんが、

 

 

キャットフードが

塀の上に置かれているのを

よく見かけました。

 

(撮影:インド・サンティニケタン)

 

 

人間を怖がって

上目遣いに

こちらの様子をうかがう。

 

 

 

 

 

そういった動物の表情を見ると

とても悲しくなります。

 

 

 

 

 

アジア圏ではたまにあった、

その表情。

 

 

 

 

 

ヨーロッパに入ってからは

あまり見なくなった表情。

 

 

 

 

 

その地域の動物の様子は

その地域に暮らす人間の様子も

反映していると思います。

 

 

 

 

 

アジア圏のわんこも、

もちろん

のんびり生活できています。

 

 

 

 

 

ただ、アジア圏は

子供のしつけにも厳しかったりする

 

(髪を引っ張って連れてくとか当たり前な)

 

ので、

 

 

 

単に文化の違いなのかもしれません。

 

 

 

 

 

↓↓各国の犬猫の様子はこちらから。

 

Dogs

Cats

 

 

 

(撮影:スリランカ・ヒッカドゥワ)

 

 

犬と人間は

長い歴史の中で、

 

 

仕事や生活を共にし、

 

 

お互いに

信頼関係を築いてきた

パートナー。

 

 

 

 

 

共存関係にあります。

 

 

 

 

 

であれば、

 

 

やっぱりわんこは

 

人間を見て穏やかだったり

喜んだ表情をしてくれるのが

 

一番嬉しい。

 

 

 

 

 

犬を信頼している人間が

犬を見るときも、

そうであってほしい。

 

(撮影:日本・宮城県田代島)

 

 

猫は本能的にも

完全に人間に属す必要はないし、

 

 

マイペースで

自由に生活してくれているのが

一番。

 

 

 

 

 

その生活の邪魔を、

人間がしてはならない。

 

(撮影:ギリシャ・アテネ)

 

 

私が

 

 

”そうあってほしい”

 

 

と思う姿が

アテネにはありました。

 

 

 

2.それが正しいのか?

 

(撮影:ギリシャ・アテネ)

 

 

日本では

 

 

”野良犬や野良猫に

ごはんをあげてはいけません。”

 

 

というのが

一般的な行政の方針。

 

 

 

 

 

私としても

そこに異論はなく、

 

 

基本的には

餌付け行為はしません。

 

 

 

 

 

繁殖管理ができないままに

ごはんをあげると、

 

 

その地域の犬猫は

どんどん増えてしまいます。

 

 

 

 

 

そのくらい、

 

 

日本は気候的にも過ごしやすく、

 

 

犬猫を食べる文化もなければ

犬猫に残忍な行為をする人も

(ほぼ)いない。

 

(撮影:ギリシャ・キオス島)

 

 

野良の犬猫が増えると

 

 

人間への被害

(糞尿問題、攻撃性、病気など)

 

 

が問題になるだけでなく、

 

 

 

動物同士の問題

(ケンカ、栄養不足、病気など)

 

も起きてしまいます。

 

(撮影:ギリシャ・アテネ

※左ほほがパックリえぐれている。)

 

 

日本人は特に

衛生面に厳しく、

 

 

”道ばたが汚い”

 

 

ことを嫌いますしね。

 

 

 

それは私も

大切なことだと思います。

 

 

 

 

 

”栄養を与える”ことで

 

人間が動物を

 

”増やしてしまう”

 

のであれば、

 

 

 

人間が動物を

 

”増えすぎない努力をする”

 

というのは

 

 

 

人間にとっても

動物にとっても

 

 

個々のQOL(生活の質)を保つのに

必要なことだと思います。

 

 

つまり、

言いたいのは

 

 

 

野良犬猫が多い場所で、

 

 

人間がエサをあげるのを

 

”優しくて素敵なことだ”

 

と言うのなら、

 

 

 

今後、

 

 

人間と犬猫間、

 

 

犬猫同士で

問題が起きないように

対策しないといけない。

 

 

 

 

 

それこそ”共存”である。

 

 

 

 

 

ということ。

 

 

 

 

 

 

 

ところで、

 

 

 

本当に欧米のマネをするのは

正しいことなのでしょうか。

 

 

 

 

 

それは後述します。

 

 

 

3.アテネの野良犬には
登録制度がある。

 

 

 

アテネの街を歩いていて、

ノーリードで歩き回る犬を見て

 

 

 

私は当初、

飼い犬だと思っていたのです。

 

 

 

 

 

というのも、

 

 

 

首輪を着けているわんこが

多いから。

 

(撮影:ギリシャ・アテネ)

 

 

でもこれ、

観光地でガイドさんが

話していたのですが、

 

 

 

”行政に登録済み”

 

 

 

を示すタグだったんです。

 

(撮影:ギリシャ・アテネ)

 

 

アテネでは定期的に

街の野良犬のチェックが

行なわれます。

 

 

 

 

 

 

 

健康診断、

予防接種、

病気の治療。

 

 

 

 

 

これらを

行政、地域住民、獣医師によって

行なうのだそうな。

 

 

 

 

 

首輪のタグは

登録・チェック済みの証。

 

 

 

 

 

こうやって

頭数や健康状態を管理し、

 

 

 

里親の募集も

するのだそうです。

 

 

 

 

 

タグが付いてるワンコは

行政が管理しているから、

 

 

飼いたくても

勝手に連れて行ってはならず、

 

 

まず行政に連絡しないと

いけないらしいです。

 

 

 

4.ボランティアが多い国。

 

(撮影:ギリシャ・アテネ)

 

 

実はここギリシャは

 

 

世界でもトップクラスの

 

 

”ボランティアが多い国”

 

 

だそうです。

 

 

 

 

 

上に書いた

野良犬の登録、健康管理も

 

 

 

地元民のボランティア、

獣医師のボランティアが

 

 

行政に協力することで

できているんだそうな。

 

 

 

 

 

街をちょっと歩くだけで

たくさん出逢うわんこの

 

 

健康診断、

予防接種、

病気の治療、

里親探し。

 

 

 

 

 

まだタグの着いていない

ワンコもいますが、

 

 

気の遠くなりそうな

この作業を為せるのも

 

 

ボランティアをする人が

多いおかげ

 

 

ということですね。

 

 

 

5.日本のボランティアとの違い

 

(撮影:日本・宮城県田代島)

 

 

※この項はあくまで

私の経験談を元にお話しています。

気を悪くされる方がいるかもしれませんが、

全員に言えることではない”

 

ということを先にお伝えしておきます。

 

 

 

 

(撮影:日本・宮城県田代島)

 

日本では

 

ボランティアをすること”

 

 

 

 

とても偉いことだ

と思われがちです。

 

 

 

 

 

そう思われるからこそ、

 

 

ボランティアへの

ハードルも上がるし、

 

 

 

そう言われるからこそ、

 

 

”自分は偉いことをしているんだ”

 

 

 

勘違いする原因にも

なってしまいます。

 

(撮影:日本・宮城県田代島)

 

私自身も

寄付やボランティアは

 

 

今まで

積極的に参加していました。

 

 

 

 

 

そして、

今もしています。

 

 

 

 

 

長期で関わった団体もあるし、

 

 

 

この世界一周の途中でも

ジャンルを問わず

 

 

数日~数週間のボランティアを

してきています。

 

(撮影:カンボジア・プノンペン)

 

それに関して

 

 

”偉いね”

 

 

”すごいね”

 

と言われることもありますし、

 

 

 

そう思ってくれる気持ちを

無下にもしたくはないのですが、

 

 

 

 

 

正直な気持ちを言うと、

 

 

 

「あなたもできる事なのに、なんでしないの?」

 

 

 

というところなんです。

 

 

 

 

 

”興味がない”なら

 

 

 

そもそも

 

 

”偉い”

”すごい”

 

 

という言葉にも

意味がなくなります。

 

 

 

 

 

興味がないなら

実際にはそう思ってない

 

 

 

ということだから。

 

(撮影:カンボジア・プノンペン)

 

”知らない”と言うなら、

 

 

 

それこそ単に

目をつむっているだけです。

 

 

 

 

 

この情報に溢れた社会で

 

 

”ボランティア”

 

 

や、

 

 

”辛い思いをしている人たち”

 

 

を知らない人がいるなら

会ってみたい。

 

 

 

 

 

 

 

あの悲惨な震災のときも、

 

 

日常生活の中でも、

 

 

たくさんのボランティア活動が

行なわれてきました。

 

(撮影:カンボジア・プノンペン)

 

”自分にはできない”

と思っているなら

 

 

それは

 

 

できない理由を

自分で作っているだけです。

 

 

 

 

 

 

 

あらゆる”できない”は

 

 

 

 

”本気でしようとしない”

 

 

という言葉に置き換えられる

と私は思っています。

 

(撮影:トルコ・カッパドキア)

 

 

「世界一周なんて、すごいね。

私にはできないわ。」

 

 

 

と言うのも、

 

 

 

”本気でする”

 

 

ことを考えていないから。

 

 

 

 

 

本気になれば、

 

 

日本で

何不自由無く生活できてる人なら

大体の人はできます。

 

 

 

 

 

本当に、

 

 

そんなに”すごい”こと

 

 

ではないんです。

 

(撮影:ギリシャ・キオス島)

 

 

それはボランティアも同じです。

 

 

 

 

 

 

 

 

”本気でする”

 

気があるなら、

 

 

 

いつだって、

 

今この瞬間だって、

 

始められることなんです。

 

 

 

 

 

 

 

なのに、

 

日本社会において

上がってしまったハードルと

 

 

”ボランティアをしている”

 

 

ことに対する

自分への評価が

勘違いを生み、

 

 

 

”考えの押しつけ”

 

 

 

につながります。

 

 

 

 

 

 

 

「なんで、私はこんなに素晴らしいことをしているのに、分かってくれないの?」

 

 

 

「なんで、あなたはこんなに世の中に問題が起きているのに、知らないフリをするの?」

 

 

 

「私はこんなに大変で、がんばっているのに・・・」

 

 

 

 

 

 

 

”自分がボランティアをしている”

 

 

ということを

他人に押し付けてしまうんです。

 

 

 

 

 

でも、

 

 

 

ボランティアって

そもそもそういうことじゃない

と思うんですよね。

 

 

 

 

 

ボランティアって

 

 

 

シンプルに

 

 

”自分の力が自分以外のためになる”

 

 

ことに、

喜びを感じるもの

 

 

だと思うんです。

 

(撮影:ギリシャ・キオス島)

 

私は、

 

それ以外を求めてはならない

 

と思っています。

 

 

 

 

 

見返りや

賛同を求めるのは

 

 

自分の中での

フラストレーションと

 

 

周りの人との溝しか

生まれない。

 

(撮影:トルコ・イスタンブール)

 

私がボランティアを経験してき

 

多いな~

 

と感じること。

 

 

 

 

 

特に日本では

 

 

”他人の話を聞けない人”

 

 

が多い印象です。

 

 

 

 

 

自分の話しかしない、

というところですね。

 

 

 

 

 

逆に、

 

 

海外で出逢うボランティアたちは、

 

 

積極的に人の話を聞いて、

 

 

自分のことも話してくれます。

 

 

 

 

 

本当に大きな違いであり、

 

 

日本での

ボランティアのハードルの高さも

 

 

人の話を聞けないからこその

 

 

”変わり者が多い”

 

 

という一言で

片付けられてしまうのかもしれません。

 

 

 

 

 

だからこそ、

 

 

週末に毎回ウィンドウショッピングをするなら

 

 

ボランティアしに行こう♪

 

 

 

 

 

くらいの感覚で

いいんじゃないかと思います。

 

 

 

 

 

実際、

ボランティアやチャリティー文化の

発達した国では

 

 

そんな感じの人が多いです。

 

 

 

 

 

もちろん、

 

 

身を捧げて

熱心に取り組んでいる方たち

への尊敬と

 

 

 

”やるからにはちゃんとやる”

 

 

 

ということを忘れずに。

 

 

 

6.日本の働き方の問題

 

(撮影:ギリシャ・キオス島)

 

 

 

”他人のために

貴重な休みを使いたくない。”

 

 

 

そう思う気持ちも分かります。

 

 

 

 

 

日本人は

狂ったように働きます。

 

 

 

 

 

生きることは働くこと。

 

 

 

 

 

仕事のために

生きているようなものです。

 

 

 

 

 

それは国民性、

文化だと思うし、

 

 

考え方ひとつで

絶対的に悪い事ではないのですが、

 

 

 

そうやって働いていて

幸せそうに見える人は

あまりいません。

 

 

 

 

 

私も学生時代は

3つのバイトを掛け持ちして

 

 

寝る間も惜しんで

働いていましたが、

 

 

 

それは

 

 

”したいこと”

 

 

があったから。

 

 

 

 

 

 

 

獣医師として働き始めても

緊迫した状態を繰り返す

長時間労働でしたが、

 

 

 

それでも

動物が好きだったから、

 

 

 

ずっとやっていたい

 

 

と思える仕事でした。

 

 

でも、

 

 

 

世界を歩いて見てまわって、

 

 

 

現地民に触れて思ったのは、

 

 

 

幸せになれない仕事を

続けるくらいなら、

 

 

 

仕事もなくて貧困だけど、

 

 

 

いつも笑ってる

ラオスの人たちの方が

だんっっぜん幸せそう。

 

 

 

ということ。

 

(撮影:ギリシャ・キオス島)

 

どんな生き物も

死ぬまでは生きていないといけません。

 

 

 

 

 

じゃあ、

どう生きるか?

 

 

 

 

 

どうやったら生きられるか?

 

 

 

 

 

それを考えて、

実行に移せるのが

人間という生き物だと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少なくとも、

この文章を読んでいる人たちはできる。

 

 

 

 

 

 

 

世の中には、

政治などの弊害で

それすらもできない人が

たくさんいます・・・

 

 

 

 

 

 

 

”できる可能性がある”

なら、

”すればいい”。

 

 

 

7.ペットショップはある。

 

 

アテネで泊まっている宿の近くには

ペットショップが

何件か並んでいました。

 

 

こちらのお店は

犬猫の生体販売もやっていました。

 

 

仔犬さんばかり。

 

 

 

 

 

ギリシャのペットショップの雰囲気は

日本とそう変わらない感じ。

 

 

 

 

 

アテネでは

動物関係のボランティアが多いのですが、

 

 

 

だからといって

ペットショップでの生体販売が

無いわけではないんですね・・・

 

 

 

 

 

ちなみに、

 

 

 

ドイツは犬猫の

店頭での生体販売はほぼ無し。

 

 

 

 

 

その他

西ヨーロッパ諸国でも

 

 

基本的には店頭(ペットショップ)での

生体販売はかなり珍しいです。

 

 

 

 

 

犬猫を”商品”として

扱うことを嫌う人が多いんですね。

 

 

 

 

 

食品でもどんなものでも

商品であれば、

流通の過程をたどります。

 

 

 

 

 

”在庫”があれば

”廃棄”も出る。

 

 

 

 

 

生き物を店頭で並べるというのも

同じことが起きるんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

”いたんだ野菜”と

”大きくなった仔犬”

 

 

 

 

 

流通という視点から見ると

同じなんですね。

 

 

 

 

 

食べ物も

 

日用品も

 

動物も

 

人も。

 

 

 

 

 

全てが大事にされる日が

日本にも世界中にもくればいいな~~。

 

 

 

 

 

 

↓↓ドイツなどでの動物旅行の記録は

世界一周開始前のブログに書いているので

興味のある方は是非!

(カテゴリー欄の”動物旅行記”から。)

 

http://ani-tra.jugem.jp

 

 

 

8.ギリシャの田舎・キオス島は
どうだったか?

 

 

アテネの犬猫は綺麗でしたが、

ギリシャの離島、

キオス島の田舎の村。

 

 

 

 

 

ここでは

体中汚れて痩せてたり、

 

 

ひどいケガが

膿んだような状態だったり、

 

 

仔猫も異様に細かったり・・・

 

 

 

 

 

怖がって逃げる率も高めでした。

 

 

 

(都会より人が少ないから仕方がないけど・・・)

 

(撮影:ギリシャ・キオス島)

 

先に言ったように

 

 

繁殖管理ができないまま

人間がごはんをあげ続けると

 

 

頭数だけが増えたり

 

 

ごはんの食べられない子供が出たり、

 

 

病気やケンカなど、

他の問題が出る・・・

 

 

 

といったところでしょうか。

 

(撮影:ギリシャ・キオス島)

 

この問題は

日本の各地にある

 

 

”猫島”

 

 

と呼ばれる場所でも

起きています。

 

(撮影:日本・宮城県田代島)

 

私も

東北の猫島に訪れたことがありますが、

 

 

小柄で

痩せている猫ちゃんに逢うことが

多かったですね・・・

 

(撮影:日本・宮城県田代島)

 

もちろん、

のんびり過ごしていたり

 

 

歩いているだけで

たくさんの猫に逢えて

ハッピーなのですが、

 

 

 

一言で表しづらい点も

多々あります。

 

 

 

9.なんで殺すの?
日本の犬猫殺処分の実態。

 

(撮影:インド・バラナシ)

 

そもそも

殺処分って何?

 

 

 

というところなんですが、

 

 

 

”鳥インフルエンザ”や

”牛の口蹄疫”と言えば、

 

 

 

何となく

分かるかと思います。

 

 

 

 

 

 

これらの伝染病が流行った時、

 

 

 

それ以上

被害を拡大させないために、

 

 

その農家さんや地域で

対象となる動物を

 

 

(全頭であることが多い)

 

 

殺して、

 

 

所定の方法で

処分するというもの。

 

 

 

 

 

ひどく流行してしまったときは

全国ニュースになるし、

 

 

 

毎日

 

 

”何県で何頭の感染を確認”

 

 

”何日までに何頭が殺処分”

 

 

 

という報道が

なされます。

 

 

 

 

 

数だけを見ると

ピンとこないですが、

 

 

 

それだけの命が

 

 

”死んでくれている”

 

 

ということです。

 

 

 

 

 

 

 

 

”私たちの食の安定(私たちの命)のために”。

 

 

 

 

 

(撮影:日本・宮城県田代島)

 

同じように、

”ペット”である犬猫も

 

 

日々、

殺処分されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

日本という国が

犬猫の殺処分施設と

法律を必要としたのは

 

 

 

狂犬病などの人獣共通感染症

 

咬傷といった人への直接的被害

 

糞尿などの衛生問題

 

 

 

といったところを

管理するのが主な目的でした。

 

 

 

 

 

野良犬、野良猫が

増えすぎたことから

踏み出した公的な殺処分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”まず、殺す”

 

 

という発想も

中々恐ろしい事だと思うのですが、

 

 

 

皆さんは、

どう感じますか??

 

 

 

 

 

かつては

技術・資金面からも

 

 

それが一番手っ取り早く、

 

 

より確実だったのだろう

と思います。

 

 

 

 

 

 

 

がしかし、

 

 

 

それは現代でも必要なのか??

 

 

 

 

 

そこが日本人の

人間性・モラルを問いたくなるほどの

問題であると思います。

 

(撮影:トルコ・カッパドキア)

 

それ

遠い場所の珍しい話ではなく、

 

 

これを読んでくださっている方々の、

 

 

まさに同じ地域で

行なわれている事。

 

 

 

 

 

 

 

殺処分施設に関して

住宅密集地は避けている事が

ほとんどですが、

 

 

 

実は家から

30分もしないところかもしれない。

 

 

 

 

 

通勤の途中にあるかもしれない。

 

 

 

 

 

そのくらいの場所です。

 

(撮影:ギリシャ・キオス島)

 

そして、

 

 

その場所に

動物たちを連れ込むのは

 

 

 

その地域に

住んでいる人間です。

 

 

 

 

 

 

 

”いつの間に飼っていた猫が

子供を産んでしまったから、

その子供を殺してほしい。”

 

 

 

”ペット不可の物件に引っ越すから殺してほしい。”

 

 

 

”老いや病気で飼いきれない。”

 

 

 

 

 

 

 

理由も分からないまま

段ポールに入れて

 

 

施設の前に

置いて行かれる事例も

多々あります。

 

 

 

 

 

”命を飼う”ということは

どういうことなのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

”責任”という言葉は

当たり前に乱用されますが、

 

 

 

”責任”は実を伴わなければ

”責任”になりません。

 

 

 

 

 

そして、

 

 

 

それは

人に教えられることだけでは

ありません。

 

 

 

 

 

 

 

自分たちで一から考え、

一から想像して、

覚悟の上で踏み込む事です。

 

 

 

 

 

 

 

覚悟する前に

良心から飼い始めた

動物がいるなら、

 

 

 

飼い始めた時点から

 

 

”自分自身が飼えなくなったらどうするか”

 

 

という

目途をつけておかねばなりません。

 

 

 

10.私たちの代わりに
殺してくれている人がいる。

 

※”そのまま伝えている”部分があります。

グロテスクな内容がニガテな方は

決して無理をしないでください。

 

 

まずは

私が今まで間近で見てきた、

経験からお話します。

 

 

 

 

 

家畜のと殺場

(スーパーに並ぶお肉となるため、生きている牛さんや豚さんたちがと殺される場所)

 

では、

 

 

 

牛さんたちが

”次死ぬ順番”

を待っている状態や、

 

 

 

”頭に器具を刺して、その手でと殺してくれる人”、

 

 

 

吊るされて身体を引き裂くということ、

 

 

 

それらを

見させてもらうことができました。

 

 

 

 

 

別の部屋からは

豚さんの断末魔が

聞こえてきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

動物愛護センター

(という名の犬猫殺処分施設)

 

 

を見学させて

もらった事もあります。

 

 

 

 

 

数日ぶりに

見知らぬ人が来て、

 

 

 

「遊んでくれるの??」

 

 

 

という目で

こちらを見ていますが、

 

 

 

 

 

1週間以内に、

 

 

そのわんこは

窒息による

殺処分の対象になっていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

また、

 

過去の家庭では

よくあったであろう、

 

 

 

庭先での鶏のと殺。

 

 

 

 

 

 

 

これも、

自宅ではないのですが、

 

小学生の頃に

目にしました。

 

 

 

 

 

午前中、

同じグランドで走り回っていた

鶏さんの首が跳んで、

 

 

その状態で

身体だけが走り回る姿に

衝撃を受けました。

 

 

 

 

 

 

 

大学時代の実習で、

動物たちを

自分の手で傷つけ、

殺めるということ。

 

 

 

 

 

実習室で

失神する人もいました。

 

 

 

 

 

そのくらい、

”命を奪う”というのは

壮絶なことです。

 

 

 

 

 

そういった現場で

働いている人たちにも逢って、

 

 

 

自分自身が

あらゆることを目の前で体験して。

 

 

 

 

 

そこで見た現実と感覚は

とても、辛いものでした。

 

 

 

 

 

頭がおかしくなりそうになったことも

あります。

 

 

 

 

 

 

 

でも、

それこそ

 

 

”私たちが知るべきことだ”

 

 

とも思いました。

 

(撮影:インド・ブッダガヤ)

 

なぜ、

ごはんが食べられるのか。

 

 

 

 

 

それは

 

 

 

その動物や植物が

この世界に生まれてくれたからで、

 

 

 

育ててくれる人がいて、

 

 

 

殺してくれる人がいて、

 

 

 

売ってくれる人がいて、

 

 

 

私たちのお皿の上に届く。

 

 

分かっているようで、

意識できないこと。

 

 

 

 

 

分かっているようで、

その一瞬一瞬の

現実を知らないこと。

 

 

 

 

 

 

 

”ベジタリアンになれ”

 

いう話でもなく、

 

 

 

私自身、雑食です。

 

 

 

 

 

植物も動物も私自身も、

 

 

 

少なくとも

私にとっては同じ価値で、

 

 

単に

支え合う構造の

ポジションが違うだけ。

 

 

 

(もちろん、自分の命は大事にしてます。)

 

(撮影:ギリシャ・キオス島)

 

 

犬猫の殺処分施設で働く人たちは

 

 

 

こちらを

キラキラした目で見て

しっぽを振っている犬を、

 

 

 

 

おびえながら

母親を探して鳴く仔猫を、

 

 

 

殺すためのスイッチを

 

 

 

自分の手で

押さないといけないのです。

 

 

 

 

 

 

 

人間の死刑執行のように

 

 

”誰がスイッチを押して殺したのか分からない”

 

 

システムではなく、

 

 

 

 

確実に”自分が殺した”ことが

分かるのが

 

 

家畜のと殺や

犬猫の殺処分です。

 

 

 

 

 

そのお仕事をされている方々の中には

 

 

「自分の仕事は子供には教えていない。

学校でいじめられるから。」

 

 

 

とおっしゃる方もいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

これが、

どういう意味なのか。

 

 

 

 

 

 

 

私があの日、

檻の中で出逢ったあのわんこは?

 

 

 

 

 

ある日突然、

壁が迫ってきて

息ができなくなる

 

 

 

その感覚は?

 

 

 

 

 

そのボタンを押す、

そのときの気持ちは?

 

 

 

 

 

 

想像力も

経験もある。

 

 

 

 

 

大人である私たちが

考えなければならないことだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

それは本当に必要なのか?

 

 

 

 

 

なぜ、無くならないのか?

 

 

 

 

 

私たちが汗水流して

納めている税金の中から

 

 

 

”無駄に殺す”ために

使われるくらいであれば、

 

 

 

 

”殺さない”ために

使うことも

できるんじゃないのか?

 

 

 

 

 

 

 

経済だけ発展して、

 

 

周りから

 

 

”優しくて平和で素敵な国だ”

 

 

と言われ。

 

 

 

 

 

 

 

でも、

実際の国民性は

どうなんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

こんな国を

先進国と言えるのか。

 

 

 

 

 

それが、

 

 

 

私が国内外で

 

少しずつ、

少しずつ

 

経験を積む上で

感じる現実です。

 

 

 

 

 

 

 

そして、まだまだ

 

私自身も

知らない事がたくさんある。

 

 

 

 

 

 

他所の畑はなんとやら・・・

 

 

 

と言います。

 

 

 

 

 

よく見えるものも

全てが良いわけではない。

 

 

 

 

 

私が言いたいのは、

 

 

 

”欧米を真似ることは

必ずしも正解ではない”

 

 

 

ということです。

 

 

 

 

 

日本を含む

現代の先進国は過去に

 

 

人間の奴隷化や

大量虐殺をしてきました。

 

 

 

 

 

 

 

反動のように

 

 

人権や動物愛護が

うたわれるようになっていますが、

 

 

 

日本が欧米諸国を真似るのが

正解とは、

 

 

私には思えません。

 

 

 

 

 

 

 

地球上の

あらゆる国の、

 

 

あらゆる価値観と方法を

”参考”にして、

 

 

 

日本ではどうなのか?

 

 

 

を考える。

 

 

 

 

 

日本はどうであってほしいか?

 

 

 

 

 

自分自身や、

自分の周りは

どうであってほしいか?

 

 

 

を考え、行動する。

 

 

 

 

 

”日本に住む国民性として、

何がいいと思うか”

 

 

 

 

 

 

 

それぞれが考え行動した先に

文化の変動があると信じています。

 

 

 

 

 

目の前の事を

全力で大切にして、

 

 

 

”こっちの方がいいな。”

 

 

 

と思う方向へ。

 

 

 

 

 

ゆっくりとでも、

自分自身が行動していく。

 

 

 

 

 

この記事を

最後まで読んでくれたあなたは、

 

 

これからどうしますか??

 

 

私にとっては

まだまだ、先は長い。

 

 

 

 

 

だから、足を止めません。

 

 

 

 

 

”世界”は

私が思っているよりも狭くて、

奥深いみたいです。

 


 

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“【世界と日本の動物】ギリシャ・アテネの犬猫事情。” への2件のコメント

  1. >桜さん。

    コメントありがとうございます。
    あにとらです。

    おっしゃるとおりです。

    いわゆる”先進国”を真似るだけでは
    日本の実情は変えられないと考えています。

    現在の先進国は
    あくまで、過去の戦争に勝った国や
    経済的先進国なだけです。

    そういう意味では、
    私はインドの価値観はしっくりきました。

    と同時に、

    ギリシャはじめ
    先進国とも言い難い国の多い、
    東欧や中欧の動物との共存関係も
    納得いく部分があります。

    ”ちょうどいい”

    と感じるところが大きいです。

    全ては見方を変えれば
    一長一短。

    ”これが正解”

    というものは、
    今のところ旅をしていて見つけることはできていません。

    文化と歴史、
    なにより個々の考え方は全てが違うので
    これから先も見つからないでしょう。

    ただ、”いいとこ取り”はすべきだと思っています。

    「これがいいんじゃないか。」

    と思う方向へ。

    劇的にでなくても、何十年かけてでも
    自分自身と、日本、世界が近づいていけたらいいな、と。

    ダメな部分は教訓に。
    良いと思うところは吸収して。

    話が長くなりましたが・・・

    ちょこちょこ動物関係の話は挙げていきます。
    今後ともよろしくお願いいたします。

  2. 興味深く読ませていただきました。
    難しい問題ですね。
    でもヨーロッパをお手本にするのもどうかなと思います。
    確かに殺処分は減っているもののドイツを始めヨーロッパ諸国では狩猟で野良犬や野良猫を撃つ習慣がありボランティア団体によるとその数は年間数十万匹に上るとも言われています。
    アメリカの殺処分は日本の3倍くらいあるし結局先進国はどこも同じような状況だと思いますよ。

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