7月23日

15時37分。

 

 

 

最後の発作を起こし、

 

ジュピの心臓と呼吸が止まりました。

 

 

 

 

 

前回の投稿から1週間。

 

 

 

 

 

今まで以上に

過酷で、苦しい闘病が続きました。

 

 

 

 

 

どんどん弱っていくジュピ。

 

 

 

 

 

希望が消えた検査結果。

 

 

 

 

 

元々、

心肺蘇生はしない予定でしたが、

 

 

 

間が悪く、

母が家にいない時の発作で

心肺停止になったときは

 

 

 

やむなく心肺蘇生処置をしました。

 

 

 

 

 

結果、

2日の間に2回、

 

 

心肺停止から蘇るという

すさまじい生命力を見せてくれました。

 

 

 

 

 

2回目の心肺停止の後、

意識ももうろうとする中

 

 

兄が裏口の鍵を開ける音がしたとたん、

大きな声で何度か鳴きました。

 

 

 

 

 

久しぶりにジュピの鳴き声を聞き、

本当に驚きました。

 

 

 

 

 

大好きな兄が会いに来るのが

分かったのでしょうか。

 

 

 

 

 

兄も面会できて

両親もそろい、

 

 

 

「もう3回目は

何もせず、ゆっくり看取ろう。」

 

 

 

と決め、

 

 

 

その時を迎えました。

 

 

 

 

 

直接的な死因は

 

 

”慢性腎臓病の急性悪化による尿毒症”

 

 

です。

 

 

 

 

 

がしかし、

 

 

 

以前からの

検査結果もふまえると、

 

 

ただのヘルニアや

慢性腎臓病だけとは思えない

多くの違和感があります。

 

 

 

 

 

それらの検査結果を

全て考えて判断するとすれば、

 

 

おそらく

発症の背景にあるのは

 

 

・ヘルニアによる循環不全と慢性的な脱水

 

 

・腫瘍などの出血を伴う疾患

 

 

だと思われます。

 

 

腎臓病を悪化させないよう、

 

両親と就寝・起床時間をズラして

 

30分〜1時間おきに飲水させたり、

 

 

皮下点滴をしたり、

 

 

出来る限りのことをしたつもりでしたが、

 

 

全てが手遅れでした。

 

 

 

 

 

手遅れになる前に

できることがもっとあったのに。

 

 

 

 

 

もっと早くに

気付いてあげられればよかった。

 

 

 

 

 

”ジュピが痛がるから。嫌がるから。”

 

 

 

と言って、

 

避けて来たことがありました。

 

 

 

 

 

でも本当は、

すべきだったのかもしれない。

 

 

 

 

 

痛くても

ガマンしてもらうべきだったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

ただ、

 

 

 

タイミングを考えると、

こうも思ってしまいます。

 

 

 

 

 

もしかしたら、

 

 

ジュピは

自分の死期を悟って、

 

 

大好きな母の車を追いかけ

 

いつにも増して元気に走って

 

ヘルニアになったのかもしれない。

 

 

 

 

 

そのくらい、

 

 

ヘルニアになる直前の

貧血の進行は激しいものでしたし、

 

 

よくよく両親に話を聞くと、

 

 

私が実家に戻る前や、

 

 

私が世界一周に出てからも

あやしい体調変化はあった様子。

 

 

 

 

 

もの言わぬ動物の変化に

”気付く”ことが一番難しい。

 

 

 

 

 

神経質になれば

わんにゃんたちに

不要なストレスをかけることもある。

 

 

 

 

 

私が世界一周前に

ジュピと生活した2ヶ月間。

 

 

 

 

 

あまりに

元気も食欲も問題なくて

 

私自身、

気付くことができなかった・・・

 

 

 

 

 

最後の数日、

身をよじるようにお腹を痛がるジュピ。

 

 

 

鎮痛・鎮静剤の用量を上げても

徐々に効かなくなっていきました。

 

 

 

癌性疼痛を思わせる状態でした。

 

 

 

 

 

ヘルニアになってからは

身体を触ることを

異様に嫌がりました。

 

 

 

 

 

滅多と怒らないジュピが

顔以外を触ると

 

 

怒って呻いて。

 

 

 

 

 

もし、

今と違う未来があったとしたら、

 

 

強い痛みを抱えたまま

皮下点滴といった医療行為に

毎日耐えることになります。

 

 

 

 

 

それが、

 

ジュピにとっていいことだったのか

私にはわかりません。

 

 

 

 

 

死ぬことと

天秤にかけられるものではないですし、

 

 

私に判断できることでもないです。

 

 

 

 

 

未来のことが全て分かっているなら、

 

悲しいことは

 

きっと、起こることはないのでしょう。

 

 

 

 

 

でも、

未来のことは誰にも分からない。

 

 

 

 

 

だから、こうなってしまった。

 

 

 

 

 

後悔するのは好きじゃないのですが、

 

 

どうしても

自分を責めることばかりを考えてしまいます。

 

 

 

 

 

そして、それは

私にとっては変わらない事実です。

 

 

 

 

 

どんなに慰めてもらっても

一生涯、自分を責めることになるのでしょう。

 

 

 

 

 

どんな結果や経過であれ、

常に後悔はつきまとう。

 

 

 

 

 

それも

今まで多くの死を目の当たりにして

分かってはいるんですが・・・

 

 

 

 

 

私は東北で働いていた時、

 

2011年の東日本大震災の

被災動物を預かるシェルターでの診療もしていました。

 

 

 

 

 

飼い主さんが見つからなかったり、

飼い主さんと一緒に暮らせないわんにゃんたちです。

 

 

 

 

 

震災から5年。

 

 

 

 

 

わんにゃんの寿命を考えると、

変化の多い

とても長い5年間です。

 

 

 

 

 

体調が悪くなれば

病院に入院してもらって、

 

 

死が近くなっても

飼い主さんのもとには帰れない。

 

 

 

 

 

何日間も夜間看護に付いて、

 

 

看取るときは

撫でて、名前を呼んで。

 

 

 

 

 

私は飼い主さんの顔を

知らないことも多かったのですが、

 

 

私が入社するずっと前から

飼い主さんの代わりに

 

 

そのこたちを

かわいがって面倒を見てくれた人たちもいて。

 

 

 

 

 

ある社員さんのわんこは

 

私の入社当初から

毎日、病院で生活をしていて、

 

本格的に体調を崩してからは

毎日遅くまで

面倒を見させてもらいました

 

 

 

 

 

一般外来の患者さんたちも。

 

 

 

 

 

飼い主さんと一丸になって

出来る限りを尽くしても

 

 

病気に勝てないことは

たくさんありました。

 

 

 

 

 

私はどちらかと言うと

涙もろい方ではないのですが、

 

 

 

吐きそうなほど

泣き崩れたことも何度かあります。

 

 

 

 

 

”人間が生きものの生き死にを

自由にしようなんて、

おこがましいとは思わないか。”

 

 

 

 

 

小学生の時、

手塚治虫さんの作品で

この言葉に出逢いました。

 

 

 

 

 

昔から”動物のお医者さん”

を目指していた私にとっては、

 

 

とても印象に残る言葉で

今も覚えています。

 

 

 

 

 

 

 

緊急帰国してから約2週間。

 

 

 

ジュピの容態が急変してから

12日間。

 

 

 

 

 

ソファや床で寝て、

トイレとシャワー以外は

 

 

24時間

ジュピに付きっきりでした。

 

 

 

 

 

一瞬たりとも目が離せない状態が

何日も続きました。

 

 

 

 

 

最後の数日は

Amazonの荷物を受け取るために

玄関に出る以外、

 

ジュピのいるリビングからも出ませんでした。

 

 

 

 

 

手紙や電話で

病院の先生と連絡をとり、

 

 

薬などを病院まで

母に取りに行ってもらって。

 

 

 

 

 

ジュピを

酸素室から出せない状態になってからは

 

 

採血や留置針の交換も

全て在宅でさせてもらって。

 

 

 

 

 

未熟者ながらも

私にできることをし続けました。

 

 

 

 

 

薬や検査など、

この田舎町でできることは

限られていましたが、

 

 

そんな中でも、

かかりつけの先生方は

最大限に応えてくださいました。

 

 

 

 

 

それでも、救えなかった。

 

 

 

 

 

病気は本当に怖いです。

 

 

 

 

 

あっという間に

大切なものを奪っていきます。

 

 

 

 

 

生きてるからこそ

いつかは訪れること。

 

 

 

 

 

そこに早いも遅いもないし、

どうにもできないことがある。

 

 

 

 

 

自殺という手段をもたない動物は

死に方を選ぶこともできない。

 

 

 

 

 

「こんなにいいこが、なんで?」

 

 

 

と思うことは

今までもたくさんありましたが、

 

ジュピについてもそうです。

 

 

 

ジュピが我が家にやってきてから、

 

ジュピは私の人生の指針でした。

 

 

 

 

 

ジュピのおかげで

知ることができた現実があって、

 

 

そこに興味を持つことが出来て。

 

 

 

 

 

獣医師になることは

あくまで通過点。

 

 

 

 

 

一生かけて目指したいこと。

 

 

 

それもジュピが与えてくれた

人生の目標です。

 

 

 

 

 

ジュピがギリギリまで

ずっと元気でいてくれたからこそ

 

 

私は今まで

 

好きなことを

好きな場所でやってこれた。

 

 

 

 

 

本当に感謝しています。

 

 

 

 

 

と同時に、

 

自分の無力さを

再認識させてくれました。

 

 

 

 

 

この未だかつてない

哀しみの中では、

 

 

 

今は

たくさんの”後悔”が襲ってきますが、

 

 

 

少しずつ、

ジュピが教えてくれた”教訓”として

 

 

この身に染込ませていかなければ、

と思います。

 

 

 

 

 

最後の数日間の写真。

ジュピの闘病の記録として。

 

 

19日。

頭だけ酸素室。

 

 

のぞきこむと

こちらをチラッと見るジュピ。

 

 

発作後。

 

 

目が覚めました。

まだ意識はハッキリしています。

 

 

水を飲むジュピ。

まだゴックンも上手にできています。

 

 

大好きな兄がお見舞いに。

 

 

目だけを動かして反応します。

 

 

写真を撮ろうとすると、またチラっと。

 

 

寝ました。

 

 

20日。

また一緒に朝を迎えることができました。

 

 

21日。

今までは散歩のおかげで

伸びることのなかったパッド間の毛。

3週間の寝たきり生活で

伸びて来ました。

 

 

徐々に意識がもうろうとする

時間が増えて来ました。

 

 

22日。

どうにか日を越えることができました。

 

 

鎮痛・鎮静剤を注射して

ようやく寝ることができます。

しんどそう・・・

 

 

起きた!

目で追えるくらい意識がハッキリしている時間は

とても短くなりました。

 

 

23日。

鎮痛剤を打っていても痛がる時は

耳の後ろをもんであげました。

すると、少し表情と呼吸が落ち着きます。

 

 

かわいいふさふさのしっぽ。

 

 

かわいい肉球。

 

 

徐々に体温も落ちてきていましたが、

手はまだあったかいな〜と

手を握っていました。

昼に仮眠する時は常にこんな感じ。

 

 

それから約2時間後。

ジュピは永眠しました。

 

 

苦しそうな顔から一転、

とても安らかな顔になりました。

 

 

それが私にとって

大きな救いです。

 

 


 

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“ジュピの呼吸が止まったとき。” への6件のコメント

  1. >チャッピーママさん。

    そうですね・・・

    命は本当にどうにもならないですし、
    私は完璧な人間ではない・・・

    後悔するのは
    ジュピのことが大事すぎたから、

    言い訳すらできない
    ということなんだと思います。

    ”後悔は愛情の裏返し”

    チャッピーママさんの言葉に
    とても救われます。

    脊髄軟化症はとても辛いですよね・・・

    ラッキーちゃん、さぞかし
    辛い闘病だったでしょうね・・・

    ジュピはマイペースですが
    優しいわんこです。

    お互いを慰労できているといいですね。

    これからも応援よろしくお願い致します。

  2. こんばんは。
    何度もごめんなさい。

    きっとお空でジュピちゃんと家のラッキー(黒ダックス11歳)
    会ってますよ〜٩(๑❛ᴗ❛๑)۶
    よろしくねーって!
    すごーくビビりでドンくさいワンコなので
    ジュピちゃん、面倒見てやって下さいねヾ(๑╹◡╹)ノ”

    お空で楽しくしてるといいですね!

    あまりご自分を責めないで下さいね。
    私は、思います。
    獣医師さんとしてではなく、大事な家族として
    ジュピちゃんと向き合ったのですから
    それだけで十分ではないのかと…。
    ジュピちゃんもきっとわかってる!
    たくさんの愛情は絶対伝わってます!
    ジュピちゃんが大好きな大好きなご家族。
    ジュピちゃんを大好きな大好きなご家族。
    そこには、愛がたくさんあるのですから
    本当は、幸せな事なんだと。

    私も本当は、後悔がいっぱいあるんですよ。
    今でも会いたい。撫でたい。抱きしめたい。
    リウマチで5年闘病して、関節もボロボロで
    痛いのに頑張って歩くんです。
    そんなに頑張ってきた子なのに、最期は、脊髄軟化症で
    あっという間に逝ってしまいました。
    何で?何で!どうして!!
    あまりにひどい!
    やり場の無い怒り、悲しみ。
    自分の感情をコントロール出来ませんでした。

    でも、あんなに頑張ったラッキーを褒めてあげないとって
    今は思います。本当に頑張ってたんですもの。
    今、書いていても涙がでます。

    チャッピーは、次男ワンコです。
    ラッキーが居なくなって
    元気がなくなり、ご飯もオヤツも食べなくなって
    クーンクーンと鼻なきをする様になり
    私の膝の上から離れなくなって…。
    不安と寂しさでいっぱいだったのでしょう。
    そんな状態がしばらく続きました。

    今はだいぶ落ち着いて来ました。

    人間もワンコもいずれは、別れが来る。
    後悔が一つもない別れなどないと思います。
    後悔は、愛情の裏返しだと私は思うのです。

    大好きな私達のワンコが
    お空から見てますよ(╹◡╹)♡

    少しでもワンコ達に笑顔を見せられる様に
    お互いに頑張りましょうね\(^^)/

    応援していますよ〜〜٩(๑❛ᴗ❛๑)۶

  3. >jiji-shiさん。

    そうですね・・・

    15年間。

    家族全員がたっぷりの愛情を注いで育てて、
    家族そろって見送れたことは、
    私たちにとって有り難く、
    何にも代えることのできない経験でした。

    我が家には常に動物がいましたが、
    私の両親の年齢を考えると
    それも難しいでしょう・・・

    常にジュピのことを考えてくれていた
    両親の今後が心配です。

    ジュピのいない我が家をどう支えて行くか。

    ジュピを守れなかった私が考えなければいけないことです。

    がんばります。

  4. >チャッピーママさん。

    コメントありがとうございます。

    残念ながら獣医師としては、
    あまり役に立たなかったと思います・・・

    病院で検査が出来てからは
    近くで最善を尽くしましたが、

    ひどい状態になる前に、
    手を打たなければならなかったんです。

    ジュピに対して家族目線で考えてしまったことは、
    獣医師として私の能力が足りなかった部分だと思います。

    ジュピだけがいつでも特別すぎたのですね。

    ”いつかは”と分かっていても

    本当に悲しくて、
    今後の自分の道筋をどうすべきか
    分からないくらいの気持ちです。

    ジュピは何にも代えられない存在なので
    時間が経つのを待つしかありません。

    励ましの言葉、本当にありがとうございます。

    チャッピーママさんのわんことも
    会えてるといいな・・・

  5. 生き物は必ず死にます。ヒトの命を支えているのは自分自身かもしれませんが、犬の命は周りが支えているのでしょう。それだけに、死んだときは自分の無力さや情けなさや後悔が溜まります。10数年前に私も13年間飼っていた犬を亡くししました。あれ以来、別れがつらく、犬は飼えなくなりました。昔散歩していると、品のいいおばあさんは立ち止まって、「うちもこの犬飼っていたんです。でも、年とると面倒見れなくて飼えないんですよね」と言ってくれたのを思い出します。それは犬よりも自分が先に死んでしまうかもしれないから、最後の別れの面倒もちゃんと見れないという事なんでしょうね。自分も年とって、つくづくそのおばあさんの言ったことが解ります。まあ、最後を看取る、それは飼い主にとっても、ワンちゃんにとっても大事なことなんですね。両者が支え合った命の最後のしるしです。ワンちゃんの死は家族葬が似合いますね。だって家族以外の何物でもないのだから。時間はかかっても、しっかりと心の中に取り込んで、今度は自分の命を太くしてください。

  6. はじめましてなのですが
    ジュピちゃん
    頑張りましたね!
    とっても可愛いお顔のジュピちゃん!
    可愛いなぁといつも思ってました。

    最後まで頑張ったジュピちゃん
    そして、ご家族の方々も、つきっきりの看病。
    お疲れ様でした。
    獣医さんというとても心強い味方!
    私達からしたら、うらやましい限りです。

    私も最愛のワンコを1月に亡くしました。
    急に具合が悪くなり、一週間足らずで
    逝ってしまいました。
    悲しいですね。寂しいですね。
    最期の時を思い出すと今でも涙が出ます。
    私もとにかく痛くなく、苦しくなく、とお願いしていました。
    私のワンコも最後の顔は、寝ている様なお顔でした。

    もう痛くなくて、苦しくなくて
    お空を走り回っている事でしょう。
    たくさんの笑顔をありがとう!
    大好きだよ!
    ずっと一緒!
    また会おうね!
    いつも思っています。

    姿は見えなくなりましたが
    私達の心の中でずっとずっと生き続けます!
    大事な大事な家族ですから。

    ジュピちゃんもご家族に囲まれて
    たくさんの愛情の中
    安心して、お空に逝ったと思います。

    今は、たくさん泣いて下さい。
    私もたくさん泣きました。(偉そうにすみません)

    そして、いつか、ジュピちゃんの笑顔を思い出しましょう。

    ジュピちゃん
    ゆっくり休んでね…。

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